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フィールド・ツアー
SCENE 1 〈森田フィールド〉田圃・畑

何段にも重なる森田さんの棚田では、極力農薬は使わず自分たちで食べる分がつくられています。昔は村のあちこちに田圃があったのですが、いまはどんどんなくなってきているとのこと。

いちばん下の棚にはかつて天川村でよく見かけられたハゼンボ(ハゼギ)がありました。これは十尺(3.3m)間隔で立てられた柱に横木が渡されたもの。そこへ収穫した稲を混みがけ(7:3)、割がけ(5:5)といった方法で掛け、天日に干します。またそうすることによってその年の収穫量もだいたいわかるそうです。米はその後、籾殻をつけたままで保存しておき、食べるときにそのつど精米するとのことでした。

田圃のまわりでは椎茸(猿対策で金網で囲われていました)や梅、槇(小枝が売れるそうです)、ヒャクメガキ、シャクナゲ、茶などが育てられています。茶は新芽を天ぷらにするとおいしいとのこと。昔は奥の山で山菜もとれたのですが杉を植えてからはダメになったそうです。

道路を渡ったところにある畑には、フキ、シャクナゲ、山椒、イタンボ(イタドリ)、ウドなどがありました。自然に生えてきたものも多いそうです。高い山で育ったもののほうが香りがいいと仰っていました。


SCENE 2 〈森田フィールド〉倉庫

〈森田フィールド〉の倉庫では杉の桶を見せていただきました。天川村でつくられたものだそうです。昔はいまほど交通の便が良くなく、天川村でも加工業が営まれており、味噌や醤油用につくられた桶が精度がよいので「吉野杉の桶」としてよく用いられたというお話でした。底が板目、側が柾目というふうに、それぞれの性質に合わせて材が使われており、美しいバランスを持っていました。以前は赤ちゃんが生まれる時に新調して産湯に使い、その後、洗濯など日常の用途に用いていたそうです。

タガミと呼ばれる竹でできたざるも見せていただきました。目の大きさによって「ぬか通し」「小米通し」などと呼ばれています。最近ではプラスチックの物もあるそうですが、やはり竹でできた物が使い易いと言っておられました。


SCENE 3 へっついさん

森田さんのご自宅のへっついさん(竈)で奥さまに「おかいさん(茶がゆ)」をつくっていただきました。つくり方は家庭ごとに違うそうですがここでは森田家のレシピを紹介します。

  1. 水をはった鍋に袋に入れたお茶をいれ、煮立てる。
  2. 煮立ったら米をいれる(米は洗わずにそのまま)。その後すぐ混ぜる。
  3. 強火で炊く。木のしゃもじで30分ほど混ぜる(大きく全体を混ぜる)
  4. 泡が細かくなりとろみがでてきてふきこぼれるようになったら火からおろす。
  5. ちょっと冷やして完成。

ポイントとしては、竈の強火で煮ると米がさっぱりする、薄い鍋では粘りがでにくい、ということだそうです。天川は標高が高いので、できる米も固く、おかいさんにしてもふやけにくい、二回くらいあたためなおしても形がくずれないというお話でした。

竈の上にはアマゴが吊してあり煙で燻されていました。一年くらい燻しておいてからダシをとるのに使うとのこと(同じようにして渋柿や干し芋もつくれるそうです)。またその竈の灰は食器洗剤代わりに使えるそうです(河川の汚染には繋がらないとのこと)。生ゴミなども腐らせて肥料として使います。ほとんどの物を捨てずに使うのです。

その後、メンバーのみなさんとともに、おかいさん(と奥さまによる山菜料理)をいただきました。ガスでたいたものと竈で炊いたものと食べ比べてみましたが、やはり竈で炊いた方が米の粒の形がしっかりしてさっぱりとした印象でした。森田さん、奥さま、ごちそうさまでした。


ディスカッション

まずはじめに、事務局から旧暦のカレンダーをメンバーのみなさんお配りしました。これは旧暦をベースに天川村の季節をあらわす天川歴をつくっていこうという試みです。天川村のいろんな場所で季節の遷りがわかるようなものにしたいと考えています。

その後、上記のフィールド・ツアーを起点にディスカッションが行われました。まず大阪から参加された渡辺さんからは「捨てるものがない。灰や煙も有効に使っているということに感動した」という感想が出されました。 森田さん自身からは、このような自給自足の生活は現代では難しく(買った方が安いので)よほどの根気がないとやっていけない、けれども一方で、安心して食事をしたいということ(農薬の量も自分でつくると制限できる)と、先祖代々の土地を守らなければならないという使命感があるというお話がありました。

また、収穫を手伝ってくれた人などにお米を持って行かれる機会があるそうですが、そのとき「おいしい」と言われるとまた持っていきたくなるというお話もあり、「ものをつくる喜び」ということもよくわかりました。

天川村ではこれまでにも山芋やインゲン豆を出荷していたことがありましたが、いつのまにか尻すぼみになってしまいました。林業が盛んだったため、なかなか他の業種が根付かなかったのです。しかし林業が衰えてきたいま、それだけではない天川村も考えていかねばならない、ということを改めて認識しました。

しかし、もともと狩り場や田畑だった所にも植林して山に変えていった経緯があり、それをまた元に戻すとなると五十年から百年くらいはかかるということです。狭い面積でも雪国舞茸のようなバイオなどの力でできるものもあるのではなかろうか、という意見もありました。

いまの日本の状況はおかしいということで、都会の若い人も自然との接点を求めているなか、森田さんのような自然とのつきあい方を若い人たちに伝えることができる場所も必要ではないかという意見もありました。「本当の自然」と「人間が生きていくうえで加工していかなければならない自然」があるけれど、いまはその部分がかなり歪んできてしまっている、天川村はそのバランスを考え、伝えることができる場所ではないかということでした。そこに先ほどの暦についての試みも重なってくるのではなかろうか、という話もみられました。

最後に、森田さんのライフスタイルは、自分の生活をすべて自分自身でつくっているところがいい、その精神を見習って私たちも「無駄なものはないぞ」とあらためて考えていくことが大事だと意見がでて、ディスカッションはおわりました。

天川村でさえ季節感が薄れ、自然と共生していくことが疎遠になってきています。今回の会合では自然と向き合い、自然を楽しみながら、時には自然と戦いながら生活していく森田さんの姿を通して、学ぶことが多くあったように思います。

そして手間と愛情があってこそ、今回見せていただいた暮らし、食生活が成立するのだということも感じました。そのようなエッセンスを、これから私たちの普段の生活のなかへ、少しずつでも加えていけたら良いと思います。

その後、赤井公子さん、水口秀子さん、森孝子さん、そして「かどや」さんにつくっていただいていた朴の葉寿司や天川村でとれた新鮮な山菜の天ぷらなどをいただきました。ありがとうございました。



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