奈良県南部にある温泉・キャンプ・釣り・星空が堪能できる村 天川村

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厨子入茶枳尼天像

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種別:彫刻

所有者:個人所有

所在:洞川

元来の胎蔵曼荼羅外院に属する夜叉ではなく、わが国における稲荷権現として、左肩に稲束を負い乗雲の狐に跨り、鬢髪で法衣を期した貴公子として表現されている。平安初期に空海により伝えられた真言密教では、茶枳尼は胎蔵曼荼羅の外金剛院・南方に配せられ、閻魔天の眷属となっている。半裸で血器や短刀、屍肉を手にする姿であるが、後の閻魔天曼荼羅では薬袋らしき皮の小袋を持つようになる。さらに時代が下ると、その形像は半裸形から白狐に跨る女天形へと変化し、茶枳尼”天”と呼ばれるようなった。狐は古来より古墳や塚に巣穴を作り、時には屍体を食べることが知られており、屍肉を手にする茶枳尼天は屍肉を食べる狐と結びつき、日本では神道の稲荷と習合するきっかけとなったと考えられている。なお、狐と茶枳尼の結びつきは既に中国において見られるが、狐(野干)に乗る茶枳尼天の像というのは中世の日本で生み出された姿、近世の集合仏画などに作例はあるがこれを彫像としたものは少ない。また、製作時期については江戸末とみられ、台座裏に「都御仏師/浪花/山崎卯兵衛之作/安政六未二月日」安政六(1859)年に京仏師山崎卯兵衛が大坂で造ったとの記載がみられる。極彩色で保存状態が良い。